配偶者居住権の創設、その表と裏
 

こんにちは、テラコーポレーション(TERAcorporation)の赫(テラシ)です。
今回は約40年ぶりの民法大改正により、新しく相続法に創設された配偶者居住権という権利について話していきたいと思います。

配偶者居住権とは、残された配偶者が被相続人の所有する建物(夫婦で共有する建物でも可)に居住していた場合で、一定の要件を充たすときに、被相続人が亡くなった後も、配偶者が賃料の負担なくその建物に住み続けることができる権利です。自身が亡くなるまで、または一定の期間、無償で使用することができます。
残された配偶者は、被相続人の遺言や、相続人間の話し合い(遺産分割協議など)、または遺産分割の審判の申し立てをすることによって配偶者居住権を取得することができます。

配偶者居住権が設定された建物の所有権の価格は、通常の所有権の価格から配偶者居住権の価格を引いたものとなります。また、配偶者居住権が設定された建物が建っている敷地の所有権の価格は、通常の所有権の価格から敷地利用権を引いた価格になります(細かい計算方法は今回の話の趣旨と異なりますので割愛します)。
イメージとしては、建物と敷地の所有権が、それぞれ、配偶者居住権と所有権から配偶者居住権の価格を引いたものに分けられるようになったと考えていただければおおよそ間違いありません。

相続法改正の経緯

では、何故このような権利が創設されたのでしょうか?
法務省のホームページを参照すると以下のように記載があります。

Q1 改正の概要はどのようなものですか
社会の高齢化が進み平均寿命が延びたことから、夫婦の一方が亡くなった後、残された配偶者が長期間にわたり生活を継続することも多くなりました。その際には、配偶者が、住み慣れた住居で生活を続けるとともに老後の生活資金として預貯金等の資産も確保したいと希望することも多いと考えられます。そこで遺言や遺産分割の選択肢として、配偶者が、無償で、住み慣れた住居に居住する権利を取得することができるようになりました。
また、夫婦の一方の死亡がしたときに、残された配偶者が直ちに住み慣れた住居を退去しなければならないとすると、配偶者にとって、大きな負担となると考えられます。そこで,夫婦の一方の死亡後、残された配偶者が、最低でも6か月間は、無償で住み慣れた住居に住み続けることができるようになりました。

法務省民法及び家事事件手続法の一部を改正する法律について(相続法の改正)より抜粋

つまり、子や被相続人の親兄弟など他の法定相続人との関係が良好であれば、話し合いにより配偶者が自宅も預貯金も取得することが可能ですので、配偶者と子や親兄弟など他の法定相続人との折り合いが悪い場合や、適切な遺言書を残せない場合に、残された配偶者が自宅に住みながら預貯金などの生活費も相続で取得するための権利を創設したということになります。

遺産分割協議で折り合いがつかず法定相続分通りの遺産分割になる場合、相続財産に占める自宅の資産価値の割合が高い日本では、自宅を相続すると配偶者の法定相続分を超えてしまったり、配偶者に自宅を残す旨の遺言書があったとしても他の相続人の遺留分を侵害してしまうケースが多いためです。
そこで、ご自宅の所有権は他の相続人が相続して、配偶者は配偶者居住権を取得することで、ご自宅に住む権利と預貯金等の資産を相続する権利を両立できるようにした、これが配偶者居住権の表の顔です。

しかし、この法律にはもう一つ裏の顔があります。
裏の顔というとちょっと大げさですが、実は弊社にご相談に見えられる方に私が配偶者居住権を設定することを最もおすすめすることが多いのは、上記のケースではありません。配偶者居住権の設定を最もおすすめしているケース、それは「被相続人と今の配偶者との間には子がいないが、前妻との間には子がいる、または婚外子(婚姻関係のない男女の子)がいる」というケースです。このケースでご相談に見えられる方は、今一緒にいる配偶者を大切に思っている反面、前妻との間にできた子や婚外子のことも大切に思っているケースがほとんどです。

ご相談内容のほとんどは、「配偶者が生きている間は配偶者が生活に困らないように自分の財産を相続させたいが、もし配偶者が亡くなったら、その財産は子に行くようにしたい。どうしたら良いだろうか」というものです。
前提として、今の配偶者と前妻との間との子や婚外子との関係が良好ではない場合とお考えください。
配偶者には苦労させたくないが、配偶者が亡くなった後は、自分が残した財産を配偶者の親兄弟や甥っ子姪っ子ではなく、自分の子に渡したいと思うのは、ある意味当然かも知れません。

しかし、当法律の創設以前はそのようなご相談に良いアドバイスをするのはかなり難しい状況でした。
ご相談者様にとっては配偶者も子も自分の身内ですが、互いにとっては血のつながりが無い他人同士で、養子縁組などをしていない限り、お互いの法定相続人でもありません。
従って、配偶者に自宅を相続させた場合は、配偶者が遺言を残さない限り、配偶者が亡くなった後に血のつながりのない前妻の子や婚外子には財産は相続されません。
しかし、ご相談者様が配偶者に「お前が死んだら、財産は子に渡してくれ」と頼んでおいたとしても、わざわざ遺言を残してまで血のつながりが無い子に財産を残してくれないケースも多いですし、それを懸念して子に自宅を相続させると、今度はお子様が「自分が自宅を相続したのだから、直ぐに出て行ってくれ」と血のつながりのない父の後妻が自宅に住み続けることを認めないケースが多かったのです。

厳密に言えば、家族信託や法人格を利用してある程度解決する方法はあったのですが、専門知識が必要な上に手続きも非常に煩雑で、一般の方がご自身で行うのは現実的ではありませんでしたし、専門家に依頼するとかなりの費用がかかることから、一部の富裕層でしか利用されていないという側面がありました。

様々な問題を解決できる可能性がある制度

ところが、この度、配偶者居住権という権利が創設されたことで、上記のような問題を非常にシンプルに解決できるようになったのです。ポイントはこの配偶者居住権という権利が、その配偶者に属人的に帰属する権利で第三者への譲渡や相続は一切できないことにあります。
つまり、被相続人が「自宅の土地・建物は子に相続させる、しかし配偶者居住権を設定する」という遺言を残せば良いのです。配偶者居住権を設定しておけば、子が所有権を有していても配偶者を立ち退きさせることはできませんし、配偶者居住権は誰かに相続させることはできず、配偶者が亡くなったら消滅する権利であることから、配偶者の法定相続人などが、配偶者から配偶者居住権を相続してしまう心配もないわけです。
配偶者が亡くなった後は、子が他の権利が付いていない通常の所有権を有することになります。

例外として、配偶者居住権を放棄して、その対価を所有権者から受け取ることは法律で認められていますので、施設に入るなどの理由で配偶者が自宅に住み続ける必要が無くなった場合に、所有権者が同意すれば配偶者居住権を放棄することを条件に所有権者から金銭の支払いを受けることは可能です。

では、配偶者居住権の創設にあたって、法律案を作成する各省庁の担当官は、上記のような「被相続人と今の配偶者との間には子がいないが、前妻との間の子や婚外子がいて、被相続人の死亡後、配偶者が生きている間は生活に困らないように、まず配偶者に自分の財産を相続させたいが、もし配偶者が亡くなったら、その財産は子に行くようにしたい」と被相続人が考えているケースに役立つことを想定していなかったのでしょうか。

私は「想定していた」と思います。
その根拠は、平成25年の婚外子の相続分を嫡出子(婚姻関係のある夫婦の子)の相続分と同等にするという最高裁判所の決定です。(もともと旧民法では婚外子の相続分は嫡出子の相続分の1/2でした。)

この最高裁判所の決定により、民法が改正され婚外子の相続分が見直されました。この見直しにより、「被相続人死亡後、配偶者の立場が危うくなるケースが増えるのではないか」という危機感から今回の配偶者居住権の創設に至ったのではないかと私は考えています。つまり、残された配偶者が婚外子と遺産争いになったときに、配偶者が今まで住んできた自宅を出ないといけないような事態になってしまう可能性が今までより増えるのではという危機感です。
自分の子供であれば自分の親を追い出す可能性は低いでしょうが、血の繋がりのない前妻の子などと遺産争いになったらそうもいかないでしょう。婚外子の相続分が増えたことによりそのような事例も増えるのではないか、配偶者を守るためにも相続法を変えなくては、ということが発端になっているのではないかということです。

おわりに

いずれにしても、この配偶者居住権という権利の創設によって、お客様から相続に関するご相談をいただいた時に提供できるアドバイスの選択肢が格段に増えたことは間違いありません。新法の創設時や改正時に新たな活かし方を考えることで、様々なご相談に対応できるよう勉強することも、私どもの重要なお仕事の一つです。
実は、配偶者居住権が属人的に帰属する権利であることを活かして、配偶者居住権を設定することで相続税を大きく節税できるケースもあるのですが、その話はまた次回にしたいと思います。

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